カナダの警察官が安全な薬物使用施設について考えを改めた理由を語る

カナダのブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーで蔓延していたヘロイン中毒の真っ只中、当時新人警官だったビル・スパーン警視正はヘロイン危機を解決するよう任ぜられました。それは1996年のことでした。スパーンは、カナダで最も貧しい地域の一つであるダウンタウン・イーストサイドで何度も薬物過剰摂取の対応をしていましたが、市が中毒者の命を救うために検討していたハームリダクション対策に参加することは考えていませんでした。

医学的管理下で薬物を使用できる安全な薬物使用施設なんてもってのほかでした。スパーンは月曜にテンプル大学医学部で行われたスピーチで次のように述べました。「そんな場所ができたら、人々を引きつけると思ったのです。私は、そんな施設は薬物の使用を促進してしまうと思いました」数年後、その議論はまだ白熱していましたが、スパーンは別の部署に移るためダウンタウン・イーストサイドを離れました。

しばらくしてバンクーバー市は実際に、北アメリカで初めての薬物使用施設をダウンタウン・イーストサイドに開設しました。数年後、スパーンは巡査部長に昇進し、新人の頃と同じ道でパトロールを行いました。最初に気がついたことは、路上で過剰摂取している人がいないということでした。

「頭の中で電球がチカチカし始めました。これはそれほど悪い考えではないのかもしれないと思いました」とスパーンは話しました。

中毒者の安全性を重視した薬物乱用問題への対策

スパーンは最近、自らの部署の組織犯罪対策本部を率いる一方で、空いている時間にカナダ中を飛び回り、警察がどのようにハームリダクション政策に携われるか話しています。スパーンは、今年初めに薬物使用施設を認可する計画を発表し、各地で説明会を行ってきたフィラデルフィア州公衆衛生局の強い要請を受けて、フィラデルフィアにやってきました。薬物使用施設のコンセプトが物議を醸しているアメリカでこれらの施設についてスパーンが話すのはこれが初めてでした。

月曜日の夜に行われたコミュニティ会の前に、スパーンは、薬物の使用が最も顕著で最も集中しているケンジントンを含む地域の市議会議員やこの地域をパトロールする警官と話しました。リチャード・ロス警察本部長はスパーンと1時間にわたって話し合いました。ロスはスパーンとの話し合いは「針を動かした」と述べましたが、まだ賛成ではないと言います。

「私はまだ説得させられてはいません。とはいえ、以前そうだったように『とんでもない!』という段階ではもうありません」

しかし、部下の警官がどのように安全な薬物使用施設の治安を維持するのか、そして住民がどのように施設に対して反応するのか懸念している、とロスは述べました。またカナダが取り組んだ1つのハームリダクション対策は、フィラデルフィアでは想定し得ないと言います。スパーンは、重度のヘロイン中毒者が治療方法としてメディカルグレードのヘロインを処方されるバンクーバー市の試験プログラムを支持しています。

「たくさんの支持を失うと思います。やり過ぎだと」とロスは言いました。

世界で増えつつある安全な薬物使用施設

薬物中毒者に対してヘロインや清潔な注射器、安全な場所を提供する薬物使用施設は、オランダ、ドイツなどを含むヨーロッパ6ヵ国で約80ヶ所存在していると言われています。1986年に世界で初めてセンターを設立したスイスでは、1991年と2009年を比較すると、過剰摂取死者数が約半分に減少した、という調査もあります。これまでのような警察による逮捕・取締では薬物乱用の蔓延を抑えられないこと、また不衛生な注射器の回し打ちなどによるHIV/AIDSを含む感染症への感染を防ぐために登場した施設ですが、各国で一定の効果を上げています。

アメリカで危機的状態にあるオピオイド蔓延

月曜日の夜の会合後、地元警察の話を聞きたいという意志に感激したとスパーンは述べました。フィラデルフィアは、バンクーバー市の薬物使用施設の視察に警官を送った最初のアメリカ都市の一つです。またスパーンは、フィラデルフィアの過剰摂取死者数に圧倒されたと言います。バンクーバー市が薬物使用施設を開設するまで、バンクーバー市における過剰摂取死者数は年間約200人でした。一方フィラデルフィアでは昨年、推定1200人が過剰摂取で命を落としています。アメリカでは現在、ヘロインだけでなくヘロインと同じアヘンから製造されるオピオイド系鎮痛剤の乱用が深刻な問題となっています。

「バンクーバー以上に悪い状況です。そしてこれはバンクーバーだけの問題でもなければ、フィラデルフィアだけの問題でもありません。これは大陸全体に影響する問題であり、しかも拡大中なのです」

バンクーバーで最初の薬物使用施設「インサイト」の初代所長を務めたサラ・エヴァンスとスパーンは今、ニューヨークにおけるハームリダクションに取り組んでいます。2人は月曜日、約75人の聴衆から施設の運営方法、誰に向けた施設であるか、またエヴァンスやスタッフがどのように施設にまつわる法的問題を争ったのか多くの質問を受けました。

バンクーバー市の「インサイト」は国の規制物質法適用外として運営することができた、とエヴァンスは説明しました。とはいえ、ストレスは感じていました。「世界中どこでも薬物使用施設は、この仕事をすることで逮捕されないのか、という同じ問題に対処しなければなりません」

スパーンにとって、薬物使用施設の利点は明らかです。過剰摂取死が減少し、多くの人が治療に参加するようになりました。しかし薬物使用施設は万能ではない、とスパーンは言います。バンクーバー市の治療システムはそのハームリダクション方式に追いついていません。警察署は要求に応じた治療の推奨を始めました。つまり、助けを求めた人は即座に治療施設に連れて行かれるのです。

フィラデルフィアと同じようにバンクーバーの薬物供給も、ヘロインよりもはるかに強力である合成オピオイド薬フェンタニルが入り込み、時に使用者はフェンタニルが追加されていることを知らずに使用しています。過剰摂取死の数はスパーンが90年代に見ていたレベルを超えて急増しました。その約80%にフェンタニルが関わっています。それでもスパーンは、もしも薬物使用施設がなかったら過剰摂取死率がどれほど高かっただろうかと思うと身震いがします。「インサイトだけでも、1日に7~8人蘇生させているのですから…」とスパーンは言いました。

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現在、アメリカだけでなく世界中で長年続けられてきた麻薬撲滅戦争は失敗だったという認識が高まっています。日本では特に麻薬中毒者に対する嫌悪感が強く、芸能人などでも一度薬物で逮捕されると再起不能になるまでバッシングされる光景をよく見かけますが、薬物依存症問題を抱える人をこれほどまで社会から排除してしまうと彼らは立ち直ることができません。そうして、再び薬物に手を出してしまうという負のループに陥ってしまうのでは、問題の解決にならないのではないでしょうか。ヨーロッパなどで取り入れられ始めているような、中毒者の人権と安全性を重視した対策の導入が効果を上げていることに注目し、日本との状況を鑑みながら対策の修正を行う方が賢明なのではないか、と個人的には思います。

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参照:Philly