医療としての大麻・マリファナ

大麻は何千年にもわたって医薬として使われてきた( Lewin,1931;Walton.1938;Robinson,1996)。中国で紀元前2800年頃、初めて出版された漢方薬の概説書「神農本草経」は、大麻を便秘、痛風、リウマチ、生理不順の治療薬として推奨している。大麻製剤はその後何世紀にもわたって中国の本草書で推奨されつづけたが、とくにその鎮痛効果は外科手術のさい、痛みを抑えるために利用された。

インド医学も中国と同じくらい長い大麻利用の歴史をもっている。紀元前2000~1400年にさかのぼ古代医学書「アーユルヴェーダ」はバング(マリファナを指すインド語)に触れ、その後の記述はこれにパニーニ(紀元前300年頃)が筆を加えるかたちで行われている。

大麻は古代アーリア人のインド入権者たちによって鎮静・冷却・解熱効果をもつと信じられていたと見て間違いないようである。

古代アーユルヴェーダ体系では大麻はヒンドゥー人のための医薬品として重要な役割をはたし、今日でもアーユルヴェーダ実践者たちによって利用されている。アーユルヴェーダ体系のさまざまな医学書では、大麻の葉や樹脂が鬱血除去剤、収歛剤、鎮静剤として、また食欲を刺激し消化を促す薬剤として推奨されている。大麻は睡眠導入剤や外科手術のさいの麻酔薬としても使われてきた。また催淫効果をもつものと考えられ、こうした目的のためにも推奨されてきた。

アラブ医学やイスラム系インド人の医学ではハシーシュ(大麻樹脂)や「ベンジ」(マリファナ)についての多くの記述が見られる。大麻は淋病や下痢、喘息の治療薬として、また食欲増進剤、鎮痛剤として利用された。インドの民間療法ではバング(マリファナ)やガンジャ(大麻樹脂)が激しい活動時や疲労時にスタミナをつける刺激薬として推奨されていた。傷や腫れ物に貼る湿布はその回復を促し、炎症(たとえば痔)のさいには鎮痛・鎮静剤として働くものと考えられた。ガンジャ抽出物は眠気を誘い、神経痛や偏頭痛、生理痛を治す薬剤として利用された。

今日でもインド農村部の民間療法では大麻抽出物とほかのさまざまな漢方薬からなる多種多様な調合薬が使われ、その数ある適応症のなかには消化不良、下痢、腸吸収不全症、赤痢、発熱、腎疝痛、月経困難症、咳、喘息などが含まれる。催淫効果があると銘打って販売される大麻を原料とした強壮剤も広く知られている。しかし近年、インドでは大麻製剤の使用が急速な衰えを見せている。活性成分(たとえばTHC)の量が製品によって一定せず、保管中に品質が劣化することから効能や有効性を保証できないためである。信頼にりる西洋医学がインドによりいっそう浸透してきた事情もある。大麻は中世ヨーロッパの民間療法でも広く知られ、ウィリアム・ターナー、マッティオーリ、ディオスコバス・タベラエモンタヌスの本草書でも治癒効果のある植物として記述されている。もっとも有名な本草書のひとつはニコラス・カルペッパーによるものだが、そこでは大麻を次のように推奨している。

大麻の種を煎じ、乳剤にしたものは疝痛や腸内をめぐる厄介な体液をつねに和らげ、口や鼻その他の場所の出血を止める効果がある。

だが大麻製剤が西洋医学の主流に迎えられるようになったのは19世紀中頃のことである。これはほとんどが、同時東インド会社のベンガル医療業務部で働いていた若いアイルランド人医師、ウィリアム・オショーネシーの働きによるものと見ていいだろう。彼はインド医学で大麻が使われる現場を何度となく目の当たりにし、その効果を確かめ、どのくらいの用量までが実際の使用に耐えるかを突き止める一連の動物実験を行っている。この実験によって大麻が並はずれて安全な薬であることが確かめられた。用量をいくら増やしてもマウスやラット、ウサギが死にいたることはなかったのである。

オショーネシーは、発作やリウマチ、破傷風、狂犬病をわずらう患者に対しても研究を進めることに自信をもっていた。彼が発見した事実は、大麻が痛みを抑え、筋肉弛緩剤や抗痙攣剤として作用する明白な証拠と考えれるものだった。30歳のオショーネシーはこの発見を注目すべき論文にまとめ、これが1839年、カルカッタで初めて出版され、のちの1842年にはカルカッタ医学物理学会の紀要に40項からなる論文のかたちで再掲されている。彼の報告はただちにヨーロッパ中の臨床医たちの興味を引くことになった。慎重な研究の結果、オショーネシーはとくに「このうえない価値を有する抗痙攣治療薬」として大麻を勧める自信をもっていた。1842年、オショーネシーは英国に大麻を持ち帰り、ロンドン・オックスフォード通りに住むピーター・スクワイヤがオショーネシーの指示に従い、輸入した大麻樹脂を医療用抽出物にして数多くの医師に配送する役目を引き受けた。

オショーネシーはヴィクトリア朝時代の特筆すべき天才であった。ジョン・ムーンは1967年、医学情報誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に載った記事で、オショーネシーの仕事ぶりを魅力的なストーリーにまとめ上げている。

オショーネシー自身、こうした構想をテストしてみることはなかったが、医師たちがただちに取り上げて検討し、効果をもつことが判明した。現代的な公衆衛生システムのない19世紀の都市にあってコレラは珍しくなく、死を招く伝染病であった。彼の考え方は補液療法の根本をなし、これが今日にいたるまでコレラをはじめ深刻な下痢を引き起こす疾患の重要な特徴である血中塩分や水分の破壊的欠之を治療する際の基礎となっている。

1833年、インドに移り住んだオショーネシーは大麻についての研究を開始した。1841年にすぐれた化学の教科書を発行し、カルカッタの医科大学の化学科教授になったあと、2年後に34歳という異例の若さでロンドンの王立学会特別研究員に選べる。

オショーネシーが大麻を推奨し、薬効のある大麻抽出物が出回るようになると、英国の医学界ではしばらくの間、大麻が注目を集めることになった。多くの医師が新しい治療手段として大麻を使って試験を始め、医学雑誌に載った報告には大麻が生理痛、喘息、分娩時、扁桃腺炎、咳、不眠症、偏頭痛、さらにはアヘンの使用から起こる禁断症状を含め、さまざまな症状の治療に使える事実が紹介された。英国薬局方には大麻抽出物と大麻チンキが掲載され、以後100年以上にわたって利用がつづけられることになる。

英国ではヴィクトリア朝時代の著名な医師、ラッセル・レイノルズ博士が大麻を不眠、神経痛、月経困難症の治療薬として推奨している。大麻はまた分娩時に子宮収縮を促したり、アヘンによる禁断症状を治す手段としても実験に供された。アヘンは当時、その消費が野放しのまま増加の一途をたどり、中毒問題を引き起こすなど、ヴィクトリア朝の医学界にとってますます心痛の種となっていたのである。精神病治療での大麻の利用については、パリのジャン・モロー博士が報告のなかでその可能性を指摘したことで関心が寄せられるようになった。もっとも大麻の飲み過ぎが精神異常につながるのではないかという懸念もあり、この懸念が長年に及んだため、とくにインド大麻委員会がインドでの大麻使用について調査を行う結果となった。

レイノルズ博士はヴィクトリア女王に生理痛治療薬として大麻を処方したと言われているが、実際に大麻が英国医学界で広がりを見せることはなく、ごく一部での使用にとどまっていた。調達がむずかしいうえに製品によって効力が一定しないことが障害となったのである。全製品に標準書を等しく含有させるような品質管理が行えないため、患者に投与される製剤にまったく効力がなかったり、患者の望まない陶酔効果をもたらしたりした。大麻は当時、家庭内にある薬箱の定番となっていたアヘンに比べると信頼性に欠け、アヘンのように広い範囲で使われるにはいたらなかった。かくして大麻は人気を失い、継続性のある医療用途が見つからないことなどから、20世紀中頃に英国薬局方から削除されてしまう。

大麻は精神科医の注目するところともなり、精神病治療に大麻を投入するかたちで試験が行われた。1854年までに米国薬局方は国が認める医療品のリストに大麻を加えるようになり、その特性について次のようにきわめて正確な記述を行っている。

医学的特性

大麻抽出物は強い麻酔性をもち、爽快感、陶酔感、錯乱性の幻覚を引き起こし、眠気や昏睡状態といった行動上の結果をもたらすが、循環系に対してはほとんど影響がない。大麻抽出物はまた明白な催淫剤として作用し、食欲を増殖し、場合によってはカタレプシー(強硬症)的状態を引き起こすとされている。身体が疾患状態にある場合は眠気を誘い、痙攣を鎮め、神経的興奮を和らげ、痛みを抑えることが判明している。以上の点でアヘンに似た作用を示すが、食欲を低下させたり、分泌を阻害したり、便秘にさせたりしないでアヘンと性格を異にする。その効果についてはアヘンに比べるとはるかに不確定要素が多いが、アヘンが悪心や便秘、頭痛を起こしたり、気管支分泌を阻害したりするため禁忌とされる場合には、あえて大麻抽出物が使われる場合もある。これまでに使用がとくに推奨されてきた疾患は、神経痛、痛風、破傷風、狂犬病、真性コレラ、痙攣、舞踏病、ヒステリー、抑鬱、精神病、子宮出血である。

エジンバラのアレクサンダー・クリスティソン博士は大麻抽出物が分娩のさい、子宮の収縮を速め、促進する特性をもつことを発見し、この目的で大麻抽出物を有効に使ってきた。作用は非常に速く、知覚麻痺をともなわない。だがこうした影響が見られるケースは、ある程度限られているようである。

大麻は以前、精神科医の興味を引きつづけたが、米国の医師たちの間に広がりを見せることはなかった。南北戦争では兵士によって大麻が下痢や赤痢の治療に使われたが、医療品としてはあまりにも欠点が多すぎた。英国の医師が明らかにしたように、活性成分の含有量を標準化する方法がなかったため、薬剤師ごとに製品に含まれる効力がまちまちであった。ある業者はまったく見るべき効果が表れなかったり、不快な陶酔効果をもたらしたりする。

また大麻は水に溶けず、当時出回りはじめていたモルヒネと違って注射による投与ができなかった。注射器は19世紀末の発明器で、発明されるとすぐに即時手当の方法として医療現場に普及する人気ぶりだった。注射という行為には一種の神秘性を感じられ、今日でも日本人の患者の多くは薬剤投与のかたちとして注射を好む傾向にある。大麻は口から服用しなければならず、効果が表れるまでに時間がかかる。医師は患者に薬を与えたあと、そのまま患者に1時間以上つきそって、患者に望ましい効果が表れたことや用量が過多ではなかったことを確かめなければならない。

しかし製薬会社は大麻を医療品として利用しようと考え、実際に何十種類という売薬の成分として大麻を使っている。それらは19世紀、そして20世紀初頭の何年かの間、店頭で買い求めることができた。米国で医療利用が打ち切られる1937年までに、28種類前後の薬品に大麻が使われていたが、その多くは成分としての大麻含有の表示を行っていなかった。

2000年初頭カリフォルニア州の医療大麻合法化を皮切りに世界の医療大麻利用は急激に加速し、研究なども盛んに行われている。

出典:マリファナの化学