大麻草成分の作用について PART1

内因性カンナビノイドシステムの制御機構

人の体には、大麻草に含まれるカンナビノイドと同様の働きを示す、内因性カンナビノイドという物質が存在し、体の中で重要な生理作用を担っています。このシステムを内因性カンナビノイドシステムと言い、体内で合成されるアナンダミドや2-アラキドノイルグリセロールなどの内因性カンナビノイドと、それらを合成する酵素や分解する酵素、そして内因性カンナビノイドが結合するカンナビノイド受容体によって構成されています。

内因性カンナビノイドであるアナンダミドや2-アラキドノイルグリセロールは、細胞膜のリン脂質からホスホリパーゼによって生成されるアラキドン酸が代謝されてできる産物です。内因性カンナビノイドは生理的あるいは病的な何らかの刺激によって、オンデマンド(要求に応じて)に細胞膜のリン脂質を分解して合成されます。そして、分泌されて、カンナビノイド受容体に結合して直接的に作用することで、生理作用を示します。また、内因性カンナビノイドの細胞内取り込みや細胞内での分解が阻害されることによっても起こります。

内因性カンナビノイドのアントラージュ効果

内因性カンナビノイドシステムの制御は、他のさまざまな物質の影響を受けています。例えば、脂肪酸のパルミチン酸とエタノールアミンが結合した「パルミトイルエタノールアミド」という化合物は、脳や肝臓や筋肉組織など様々な組織に存在し、内因性カンナビノイドであるアナンダミドと同様にシグナルに応じてオンデマンドに産生される脂肪酸エタノールアミドです。このパルミトイルエタノールアミドは抗炎症作用や鎮痛作用などアナンダミドと似た効果を示します。

しかし、その作用のメカニズムはアナンダミドとは異なり、カンナビノイド受容体のCb1とCB2には結合せずに、カンナビノイド受容体以外の他の受容体などに作用したり、アナンダミドの分解を阻止したりすることで、内因性カンナビノイド受容体に直接作用せずに、アナンダミドや2-アラキドノイルグリセロールの働きを調整しています。

このようにCB1やCB2に直接作用しない成分が内因性カンナビノイドシステムの働きに影響する効果はアントラージュ効果と呼ばれています。

アントラージュ効果という用語は、内因性カンナビノイドのアナンダミドを最初に発見したメコーラム博士らが1988年の論文で最初に使用しています。アントラージュというのは、取り巻きや側近という意味です。さまざまな脂質代謝産物などについて、アントラージュ効果を示すことが明らかにされており、内因性カンナビノイド系は極めて複雑なネットワークやメカニズムで生体機能を制御していると考えられています。

テトラヒドロカンナビノール(THC)の食欲増進効果

カンナビノイド受容体1(CB1)は中枢神経系広く分布しており、様々な神経伝達調整を行うことで、記憶・認知・運動制御・食欲調整・報酬系の制御、鎮痛など多岐にわたる生理作用を担っています。さらに、CB1受容体は消化管にも発現しており、腸管運動にも関わっています。

大麻に最も多く含まれるカンナビノイドであるテトラヒドロカンナビノール(THC)は、CB1とCB2に結合して作用を発揮します。過剰に摂取すると、中枢神経系のCB1の活性化によって気分の高揚などの精神作用による症状(副作用)が出ます。

THCは脳に作用して食欲を高める作用があります。さらに鎮痛作用や吐き気を軽減する作用があるため、エイズや進行ガンの患者さんの食欲不振や体重減少、抗がん剤治療による吐き気や嘔吐に対する治療に使われています。

ドロナビノール(商品名:マリノール)は合成したテロラヒドロカンナビノール(THC)製剤で、米国やドイツなどで処方薬として認可されています。米国では規制物質法のスケジュールIIIに分類されており、非麻薬性で精神的あるいは身体的依存の危険性は低い薬として認められています。

また、ナビロン(商品名:セサメット)もTHCを模範した合成カンナビノイドで、米国やカナダや英国などで承認されています。エイズ患者の食欲不振や体重減少、抗ガン剤治療に伴う吐き気や嘔吐、多発性硬化症などの神経障害疼痛の治療に使用されています。

THCによる食欲増進作用はCB1受容体の活性化によります。そこでCB1受容体のアンタゴニスト(阻害薬)により食欲を低下させ、肥満の治療を行うという考えに基づき、リモナバンが開発されました。

テトラヒドロカンナビノール(THC)は食欲を高め、不安やうつ症状を軽減する

CB1受容体のアンタゴニスト(阻害薬)であるリモナバンは、食欲減退と体重減少の効果があり、肥満の解消に効果があったものの、抑うつや自殺企図という副作用が問題になって発売中止になりました。つまり、CB1受容体の働きを阻害することは、食欲を低下させる目的では有効なのですが、脳内報酬系の抑制などにより、幸福感や快感を得ることができなくなると考えられます。

脳内報酬系というのは動物が自分で積極的に行動したくなるモチベーションを与える仕組みです。食欲も脳内報酬系によって亢進します。この快感を得る仕組み(脳内報酬系)を抑制することは食欲を低下できますが、何もやる気がなくなって生きる気力が喪失します。

CB1受容体を阻害するとうつ症状や不安感が強くなることが、多くの動物実験モデルで示されています。一方で、CB1受容体を活性化すると不安や恐怖が軽減するため、大麻は抑うつや不安感の軽減に有効です。

内因性カンナビノイドのアナンダミドや2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)を分解する酵素の阻害剤では抗不安作用や抗うつ作用が示されています。アナンダミドや2-AGの分解を阻害すると、これらによるCB1受容体の刺激が長く続くからです。内因性カンナビノイドの分解酵素阻害剤は不安障害や抑うつの有望な候補薬として注目されています。抗がん剤治療中の患者さんは、吐き気だけでなく、不安や抑うつ症状を呈し、これが生活の質(QOL)の低下や生きる意欲を低下させます。絶望から自殺する人もいます。これらを解決する方法として医療大麻は非常に優れた薬だと言えます。

THCは抗がん剤による吐き気・嘔吐を軽減する

医学用語では吐き気を【悪心】、吐くことを【嘔吐】と言います。予防的治療を行わなければ抗がん剤治療を受けている患者さんの70%〜80%が吐き気や嘔吐の症状を訴えます。その苦痛が強いので、抗がん剤治療を中止したいと思う患者さんは30%にも及ぶと言われています。

抗がん剤による吐き気や嘔吐は、抗がん剤によって消化菅粘膜からのヒスタミン分泌が起こって迷走神経や中枢神経が刺激され、最終的に延髄にある嘔吐中枢が刺激されることにより起こります。この刺激が軽度であれば吐き気、強ければ嘔吐となります。

症状のあらわれ方によって、抗がん剤投与後24時間以内に現れる急性嘔吐、それ以降に現れる遅延性嘔吐、抗がん剤を連想させるものを見ただけで現れる心因性の予期性嘔吐などがあります。予期性悪心は抗がん剤治療中の患者の29%に、予期性嘔吐は11%の患者さんに発生するという報告があります。

それぞれ各種制吐剤や精神安定剤などの医療品を適切に使うことによって症状の軽減が図られます。THCは、抗癌剤による吐き気や嘔吐を軽減させる、副作用の少ない治療薬として注目されています。

抗がん剤治療による吐き気・嘔吐の治療には5-HT3受容体拮抗薬や副腎皮質ホルモンが使われます。抗がん剤によって消化菅の腸クロム親和性細胞からセロトニンが遊離し、消化菅粘膜内の求心性迷走神経週末に存在するセロトニン5-HT3受容体に結合・刺激して嘔吐中枢を経て嘔吐を誘発します。

それに対して5-HT3受容体拮抗薬はセロトニンによる迷走神経終末や延髄の嘔吐中枢の刺激を遮断することによって、吐き気や嘔吐を抑えます。さらに、副腎皮質ホルモンを併用することによって吐き気止め効果を高めることができます。

5-HT3受容体拮抗薬と副腎皮質ホルモンの併用によって抗がん剤による急性嘔吐の多くは防げるようになり、吐き気が強く出るシスプラチンを使った抗がん剤治療を通院で受けることも可能になりました。しかし、これらの方法は遅延性嘔吐や予期嘔吐に対しては、その効果はあまり強くありません。

このような通常の治療で効果が不十分な遅延性嘔吐や予期性嘔吐に対して、大麻の吸入が有効であることが経験的に知られており、合成テトラヒドロカンナビノール(THC)製剤であるドロナビノールやナビロンの効果が検討されています。多くの臨床試験でこれらのTHC製剤が遅延性嘔吐や予期性嘔吐の症状を軽減することが明らかになっています。